研究
取り組んでいる研究内容について誰でもわかるようにまとめてみました。より詳しく知りたい方はysouma3620@outlook.jpまで。
「炭素線治療における照射ログファイルを用いた患者QAの実現に向けた線量評価法の開発」
1 炭素線治療
世界保健機構 (WHO) によると死因の第一位はがんであり、日本におけるがんによる死亡者数は年々増加しています。放射線治療は患者が痛みを伴うことなく、治療後も生活の質(QOL)を維持することが出来るがんの治療法として外科手術、化学療法と共に三大療法の一つとされております。放射線治療は光子・電子・陽子・炭素など様々な種類の放射線があり、炭素線治療は物理学的・生物学的な利点
があります。
1-1炭素線治療の物理学的利点
図1はX線と炭素線の体内における深部線量分布を示しています。横軸が体表皮からの深さ、縦軸が線量だと思ってください。
図1よりX線治療では腫瘍より浅い領域に与える線量が高く、徐々に減衰していきます。よって正常組織に障害が発生する可能性があります。対して炭素線は腫瘍より浅い領域は線量が低く、ある領域でピークを形成します(ブラッグピーク)。炭素線治療は正常組織への線量を抑えつつ、腫瘍組織に対しては高い治療効果を得ることが出来ます。
このような深部線量の性質の違いはX線が電磁波であり、炭素イオンが荷電粒子であることに起因します。X線の物質との相互作用は確率的であり、荷電粒子の物質との相互作用はbethe-blochの式(荷電粒子のエネルギー損失は速度の二乗に反比例)に従います。荷電粒子は停止したところで一気にエネルギーを物質に与えるため、ブラッグピークを形成するのです。現在炭素線を含む重粒子線治療が物理学的利点があるとして注目されています。
図1 X線と炭素線の体内における深部線量分布 青線:X線 赤線:炭素線 |
1-2 炭素線治療の生物学的利点
生物学的指標を説明なのに重要な指標が線エネルギー付与 (LET) です。LETとは荷電粒子が物質中を通過する際に物質原子との衝突により単位長さあたりに物質に付与するエネルギーを指します。炭素線は高LET 放射線であり、直接作用による DNA 損傷の比率が高いため、DNA 二重鎖切断をより引き起こしやすいのです。
図 2 に各放射線の生物学的効果比(RBE)
と酸素増感比(OER)を示します。RBE は問題にして
いる放射線が、あるエンドポイントについて、基準放射線(60Co γ線や
X線)に比べて何倍の生物効果を与えるかを数字で表したものです。OER は
酸素効果の大きさを与える指標であり、ある効果を得るのに必要な吸収線量が有酸素状態に比べて無酸素の状態が何倍であるかを比で表したものです。LET が
高い炭素線は陽子線に比べ RBE が高く、OER が低いために腫瘍を殺すのに効果的であると言われております。
図2 各種放射線のRBEとOER |
2 QSTにおける炭素線治療
上記の物理学的・生物学的特徴を活かして、量子科学技術研究開発機構(QST)では炭素線放射線治療が行われています。
照射法には①拡大ビーム法(図3)②スキャニング法(図4)があり、現在はスキャニング法のみ行われています。学部四年で拡大ビーム法、修士ではスキャニング法に関する研究を行いました。両方の研究を行えたことは、両者の体系的な知識を得られたという意味で非常に良かったです。
①拡大ビーム法は炭素イオンビームを様々な照射機器によって腫瘍サイズに拡大します。ビームを二台の電磁石により円形に走査しリッジフィルターにより深さ方向に線量分布を拡大、コリメータ・患者補償体により腫瘍サイズにビームを成形します。つまりビーム自体を拡大し、腫瘍の形に変形させる照射法です。
図3 拡大ビーム法 |
対して②スキャニング法は二台の電磁石により、ビームを腫瘍形状にスキャンする形で治療が行われます。拡大ビーム法に比べ、照射機器が少なく、短時間で治療が行うことが出来ます。
図4 スキャニング治療法 |
QSTでは1994年から拡大ビームによる治療が開始され、2011年からスキャニング法が開始されました。
3 患者QA (Patient-Specific Quality Assurance)
患者QAとは治療前に患者ごとに行われる線量分布検証を指します。
放射線治療では患者個々の線量分布検証がQA/QCの観点から重要であります。
立案した治療計画が正しくデータ転送され、治療計画通りの線量投与が行われているかの検証がされています。
一般的に患者QAは測定によって行われています。立案された治療計画を水槽に照射し、水槽内の線量分布測定を行います。その後、測定値と治療計画が比較されます。測定時間は1患者につき3時間、測定器設置と取り外しに2時間かかると言われております。
時間や労力がかかってしまうことが問題視されているのです。
以上の課題を解決するために照射ログファイルおよびモンテカルロ法(シミュレーション)による患者QAが提案されています。
立案された治療計画の照射を行い、照射後に得られるログファイルの情報を基にシミュレーション計算を行います。計算した水吸収線量分布と治療計画を比較することによって患者QAが行われます。
この方法の利点としては測定が不要のため時間・労力を費やさないことです。さらに高分解能の線量分布評価・LET評価・患者体系内の評価が可能になります。
4 研究目的
ここで本研究の目的はQSTスキャニングシステムにおける患者QAのための照射ログファイルを用いた線量評価法を開発することであります。
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